現在、ミランや代表で窮地に立たされている本田圭祐選手ですが、

なんとJリーグでプレーするかもしれないという情報がながれています。

これは、あるJリーグ幹部が明かしたものですが、

実は本田選手の代理人でありお兄さんの弘幸氏(33)と話し合いがもたれたようです。

そこで、お兄さんは『ありがたい申し出』といったようです。

欧州からも申し出あるといったらしいですが、この辺は交渉の駆け引きかもしれませんね。

もし、本田選手がJリーグに復帰してくれ、W杯を目指し、日本で引退をしてくれるなら、これは喜ばしいことです。



本田圭祐選手のJリーグ時代までを振り返る

さて、海外で活躍するイメージが強い本田圭佑選手ですが、もともとはJリーグの選手でした。

本田選手のJリーグ時代までを振り返ってみましょう。

本田選手は、中学まではガンバジュニアユースで過ごしています。

同期には家長選手がいたエピソードは有名です。

当時は家長選手がエースであり、家長選手のほうがはるかに評価が高かったようです。

たしかに家長選手のプレーをみていると、テクニックなどは凄く、このユース時代の評価もうなずけます。

しかし、本田選手は当時から物凄く負けず嫌いで、家長選手にものすごい対抗意識を燃やしていたようです。

後輩の安田選手などがいうには、この2人は喧嘩ばかりしていたとのこと。

ほほえましいエピソードですね。

結局、本田選手は、ユースには上がれませんでした。

結局、本田選手が高校で選んだのは野球の松井選手の母校でスポーツの名門校の星稜でした。

本田選手はここで頭角を現します。

冬の全国大会でも活躍していましたね。

このときの本田選手のプレーをリアルタイムでチラッとみたことがありますが、体格がよく恰好よくてキックが上手く

気にいった思い出があります。

その後、Jリーグは名古屋グランパスに入団することになりました。

本田選手というと、ビックマウスが有名ですが、

やはり、新人の時の本田選手の動画をみてみると、ビックマウスでした(笑)

インタビューではいきなり上から目線であり、先輩を大人しいと表現していてダメだしまでしていました。

この頃から、本田選手のキャラは同じなんだなと思って面白かったです。

そういえば高校時代の先輩で名古屋でも先輩の豊田選手との関係もどっちが先輩でどっちが後輩だかわからないような関係だったようですね。

代表に入る前も、雑誌のインタビューかなにかで名前は出してませんが中村選手をダメ出ししていましたね。

名古屋では1年目から活躍しました。

ただ、そのころの本田選手の印象はまだまだ微妙な印象もありました。

やはり本田選手が、これはくるぞ!とサッカーファンに思わせたのはVVV時代からだったと思います。

Jリーグに復帰するとなると、名古屋サポーターとしては自分のところで引退してほしいとおもうかもしれません。



Jリーグに復帰するとなると名古屋か?資金力のある神戸か?鳥栖か?

しかし、上で本田選手の兄と話し合いをもったクラブが名古屋とはかぎりません。

名古屋は現在、2部に沈んでおり、本田選手としてもさすがに2部でどうかというのがあると思います。

そうなると、どのあたりのクラブが考えられるでしょうか?

やはり、資金力のある鳥栖や神戸あたりではないかと噂されています。

浦和などはこれまで海外の日本人の大物をとってきましたし面白いかもしれませんが、

浦和のサッカーに本田選手がすぐに合うとも思えませんし、高原選手や小野選手の獲とくでは失敗していますので、

これもないかもしれませんね。

それにしても、これまで本田選手はJリーグで復帰したり引退するとは全く思いませんでした。

ブランド力やビジネス的なものを考えているのかと思ていましたので。

Jリーグに興味を示しているのなら、かなり本田選手は追い詰められているのかもしれませんね。

日本のサッカー界のスーパースターの本田圭祐選手が日本に復帰し、ここで引退してくれるなら

とても良いことだと思います。

中村選手などとの対戦も面白そうですね。